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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9976号 判決

原告 大沢秀雄

右訴訟代理人弁護士 安永博

同 滝川誠男

同 福岡清

被告 新日本証券株式会社

右代表者代表取締役 三ツ本常彦

右訴訟代理人弁護士 河和松雄

同 松代隆

同 平野智嘉義

同 石井芳光

右訴訟復代理人弁護士 今野勝彦

主文

1  被告は原告に対し金二七、七二六、三四四円およびこれに対する昭和三五年九月二四日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、原告において金九〇〇万円の担保をたてたときは仮に執行することができる。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決および主文第一項について仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)  玉塚証券株式会社(以下単に「玉塚証券」という。)は証券業を営む株式会社で東京証券取引所の会員であったが、原告は、昭和三五年四月はじめ頃玉塚証券との間で、買付代金は玉塚証券で一時立て替え、買付株式の売却代金をもってこれに充当し、売買損益は継続的な取引終了の日から起算して四日目に一括して決済する旨の約定をしたうえ、玉塚証券に対し別表記載のとおり訴外○○製鋼株式会社(以下単に「○○製鋼」という。)の株式の売買取引を委託した。

(二)  右取引は昭和三五年九月二〇日終了し、同日決済されたところ、右取引により委託手数料を差し引き金五三、七二六、三四四円の利益金が生じた。

(三)  玉塚証券は昭和四二年三月訴外山叶証券株式会社と合併し、これにより被告会社が設立された。

(四)  よって、原告は被告に対し、右利益金のうち、昭和三五年一〇月末頃支払いを受けた金二、〇〇〇万円および昭和三六年一〇月頃支払いを受けた金六〇〇万円、合計金二、六〇〇万円を控除した残金二七、七二六、三四四円およびこれに対する右利益金の弁済期の翌日である昭和三五年九月二四日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。

(一)  答弁

請求原因事実は、原告が本人として原告主張の株式売買取引を委託したとの点を除きこれを認める。

玉塚証券は○○製鋼の代理人としての原告から右取引の委託を受けたものであるから、右取引は○○製鋼の取引であって、原告と玉塚証券との取引ではない。

これは次のような事実に照らして明らかである。すなわち、

1  本件取引当時原告は○○製鋼の常務取締役財務部長として○○製鋼の株式関係の業務を担当しており、一方玉塚証券においては、一般顧客を相手とせず専ら法人組織の顧客のみを対象とする事業法人課がこれを取扱ったこと。また本件取引以前にも、○○製鋼から玉塚証券に対する株式売買の委託がなされており、本件の取引はその継続とみられること。

2  本件取引は、○○製鋼の株式について安定株主工作をすること、すなわち右会社における安定株主の割合を高めることを目的として行われたものであるが、この安定株主工作は右会社にとってのみ心要なものであり、原告個人が自己の責任でこれを行わなければならない特段の事情はまったくなかったこと。

3  本件取引は、右のような目的からして相当多量の株式を売買することが当初から予定されており(現に買付総額は二億数千万円に達している。)、しかも買付代金の決済方法につき原告主張のような特殊な方法をとっていたので、結果的には利益をあげてはいるが、場合によっては数千万円の損失を生じるかもしれなかったこと。

4  ○○製鋼の財務部株式課株式係主任である古美門邦雄が、本件取引に関して玉塚証券との連絡等の事務的な仕事をしていたこと。

5  本件取引による買付株が○○製鋼と他の会社との間のいわゆる株の持合いに利用され、そのうちの一部については○○製鋼が買付代金を支払ったこと。すなわち、右会社は、昭和三五年四月中旬頃、訴外いすず自動車株式会社との間で、お互いに相手の株式を一五万株取得する旨の合意をしたものであるが、右いすず自動車に買い取ってもらうべき自己の株式一五万株のうち一〇五、〇〇〇株は本件取引により買い付けた株式をもってあてることとし、同月一六日被告に対し右一〇五、〇〇〇株の買付代金として額面金一〇、八六三、三五〇円の小切手を振り出し交付した。また、○○製鋼は昭和三五年六月頃その代表取締役社長石原米太郎も関与の上訴外八幡製鉄株式会社との間で一〇〇万株の株式の持合いをしたが、○○製鋼の一〇〇万株のうち七〇万株は本件取引により買い付けた株式をもってあてている。

6  本件取引の委託者については正規の帳薄上は架空名義が使用されたが、架空名義と実際の本人とを結びつける唯一の書類である被告の「約定帳」と題する書面には、○○製鋼が本件取引の本人として記載されていること。

(二)  抗弁

仮に本件取引が原告の取引であるとしても、玉塚証券は原告に対し、昭和三五年一〇月頃本件取引による利益金のうち金二、〇〇〇万円を、昭和三六年一〇月頃金六〇〇万円をそれぞれ支払ったものであるところ、右金六〇〇万円を支払うに当り、原告と玉塚証券とは、本件取引による利益金のうち金二、六〇〇万円は原告が取得し、その余の金二七、七二六、三四四円は玉塚証券が取得する旨の合意(以下「本件合意」という。)をした。

右合意が成立したことは次のような事実に照らして明らかである。すなわち、

1  原告は昭和三六年一〇月頃何ら異議を述べることなく右金六〇〇万円を受領したこと。もし右合意が成立していなかったとすれば、玉塚証券が金六〇〇万円しか支払わないことについて強い不満が述べられてしかるべきである。

2  原告は、右金六〇〇万円を受領して以来昭和四〇年二月までの間一度も本訴請求金員の支払いを求めていないこと。

3  更に、原告は、昭和四〇年二月から同年一一月にかけて、当時玉塚証券の社長であった関口啓太郎に対し、経営コンサルタントをはじめるのでその資金の一部を援助もしくは貸与してほしい旨の書信を発していること。本訴請求権を有しているのであれば、このように援助を求める必要はないはずであるし、貸与を願うのは不合理である。また、原告は、右書信中で、「本件利益金について今後は請求しないとの約束を強制されました。」と述べ、自ら右合意の成立したことを認めていること。

三、原告訴訟代理人は、被告の本件取引が○○製鋼の取引である旨の主張に対する答弁および反論、抗弁に対する再抗弁として次のとおり述べた。

(一)  被告の右主張について

(答弁)

1 前記二、(一)、1のうち前段の事実は認めるが後段の事実は否認する。

2 同2の事実中、本件取引が被告主張のような目的で行われたことは認めるが、その余の点は争う。

3 同3の事実中、本件取引により数千万円の損失が生じるかもしれなかったとの点は争うが、その余は認める。

4 同4の事実は認める。もっとも、古美門は原告個人の代理人として本件取引に関与したものである。

5 同5の事実中、被告主張のような株の持合いの合意がなされたこと、○○製鋼が玉塚証券に対し被告主張の小切手を振り出し交付したこと、被告主張のとおり本件取引による買付株七〇万株が八幡製鉄株式会社との株の持合いに利用されたことは認めるが、その余の点は争う。右小切手は、○○製鋼といすず自動車株式会社との株の持合いに際して生じた○○製鋼の立替金であり、○○製鋼の株式の買付代金ではない。

6 同6の事実中、被告主張の約定帳に○○製鋼が本件取引の本人として記載されていることは認めるが、その余の点は争う。右書面に○○製鋼が本件取引の本人として記載されているのは、玉塚証券の社内統制上多額の未済取引の当事者として個人名を記入することが好ましくなかったからにすぎない。

(反論)

本件取引が原告個人の取引であることは次のような事実に照らして明らかである。

1 被告の主張によれば、本件取引は○○製鋼の自己株取引ということになるが、自己株の取得については、昭和三三年検察庁がその摘発に乗り出し、今後は自己株取得禁止規定をきびしく適用して違反会社を積極的に取り締るとの方針を打ち出したため、各会社は自己株の取得を自制せざるを得なくなっていたものであるから、右摘発から間がない本件取引当時、○○製鋼がこれを行うことはとうてい考えられないばかりでなく、右会社は、処罰される危険をおかしてまで安定株主を取得しなければならないほど切迫した事態にはなかったこと。

2 本件取引が○○製鋼の取引であるならば、同会社がかつて自己株取引をした場合の処理方法からみて、その取引の明細につき株式課および経理課において厳密な記帳が行われたはずであるのに、本件取引についてはこれがまったくなされていないし、また、およそ会社が自己株取引を行う場合は、その役員会にはかり、委託証券会社の社長等の役員の意見を徴し協力を要請したうえこれをはじめるのが通常であるのに、本件取引にあってはこのようなことはまったくなされていないこと。

3 玉塚証券は、昭和三五年八月上旬原告に対し突然に買手持株数が増加したことを理由に同証券の決算期である同年九月末までに買手持株を処分整理するよう強く要求するとともに、これにより生ずべき差損の補填方法の確約を執拗に求めたので、原告は郷里の資産を担保に資金を調達すべく奔走することを余儀なくされたが、証券会社がその決算時に相当量の手持株を保有しているのはむしろ当然のことであるし、もし右の買手持株が○○製鋼の買付株であるならば、同会社の資力・信用からみて決算までに売却整理を求めるような行為に出るはずがなく、またその必要もなかったと考えられること。

4 本件取引終了後玉塚証券は原告に対し利益金五三、七二六、三四四円のうち、昭和三五年一〇月頃二、〇〇〇万円を、昭和三六年一〇月頃六〇〇万円を支払い、原告はその都度原告個人の領収書を玉塚証券に交付していること。なお、右の利益金の支払方法についての折衝の過程において、玉塚証券から、原告に利益金の半額だけを支払い、その代わりに原告の所得税を玉塚証券が負担するとの案も提示されているのである。

(二)  抗弁に対する答弁

玉塚証券が原告に対し被告主張のように合計金二、六〇〇万円を支払ったことは認めるが、主張のような合意が成立したことは否認する。

昭和三六年一〇月頃原告が残金の支払いを求めたところ、玉塚証券は、大蔵省の検査がまだ終了しないのでとりあえず金六〇〇万円しか支払えない、本件取引は社内にも秘匿する必要があり大蔵省の検査が終了すれば必ず支払うからそれまでは請求もしないでもらいたい旨申し述べて、原告に金六〇〇万円を支払ったので原告はこれを受け取ったが、その領収書に「今後大蔵省の検査が終了するまで請求しないが、右検査終了後速やかに支払うこと。」という趣旨の但書をとくに書き加えてこれを高橋に交付しているのであって、原告が被告主張のような合意をするわけがない。また、いやしくも証券会社が正規の手数料収入を得ながら、利益が生じた場合、手数料のほかにこれを折半して利得すること自体極めて不当かつ異常のことといわねばならない。

(三)  再抗弁

仮に右合意が成立したとしても、

1  右合意は、玉塚証券が、本来全部原告に支払うべき本件利益金の約五二パーセントを不当に利得する目的で、原告の資金的窮迫に乗じ、不当な要求、圧迫を加えたり、あるいは大蔵省の検査で本件取引が明らかにされると玉塚証券は処罰を受け、原告にも重大な迷惑がおよぶと称して原告を畏怖せしめたことによるものであるから、公序良俗に反し無効である。

2  原告は、右合意をしなければ本件取引により原告に重大な迷惑がかかるという被告の言を信じてこれをしたものであるが、後になってそのようなことはないことが判明した。したがって、原告の右合意の意思表示はその重要な部分に右のような錯誤があり、無効である。

3  原告が右合意をしたのは、玉塚証券が利益折半の申出に際し、大蔵省の検査で本件取引が摘発されても処罰を受けるのは玉塚証券のみであり、原告に迷惑がおよぶことはないにもかかわらず、右合意をしなければ大蔵省に本件取引が判明し原告にも重大な迷惑がおよぶかのように述べて原告を欺き、かつ強迫したので、その旨誤信し、かつ畏怖して、やむを得ずしたものである。そこで、原告は本訴(昭和四一年一一月一八日の口頭弁論期日)においてこれを取り消す旨の意思表示をした。

四、被告訴訟代理人は、「再抗弁事実は争う。」と述べた。

五、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因事実は、原告が本人として本件取引を委託したとの点を除き当事者間に争いがない。

そこで、本件取引の当事者が原告個人であるか否かについて判断する。

≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。

昭和三五年はじめ頃、原告は○○製鋼の常務取締役財務部長として株式関係等の業務を担当していたものであるが、当時右会社にはいわゆる安定株主が少く、その株式は浮動株が多かったため、株価が一定せず市況によって急激に低落するなど会社の信用上好ましくない現象を招来しており、しかも同種企業との競争も次第に激化してくる情勢にあったので、これらに対処するため、安定株主の割合を高めなければならない状態にあり、原告は担当責任者としてその必要性を痛感していたところ、同年三月頃、当時玉塚証券の事業法人部事業法人課課長代理として○○製鋼との株式取引を希望していた高橋健而老は、原告に対し、右会社の株式についていわゆる自己株取引の方法により安定株主工作を行うことを勧めた。そこで、原告は右高橋の申入れを右会社の役員会にはかったところ、自己株取引については従来経済界における長年の慣習として大目にみられてきたが、昭和三三年東京地方検察庁がその摘発に乗り出し、これを積極的に取り締る方針を打ち出して以来、各会社ともこれを自粛せざるを得ない状況にあるということで消極的意見が大勢を占めたため、原告は高橋に右申入れを断った。ところが、同月末頃再び高橋は原告に対し、原告個人の取引として○○製鋼の株式について安定株主工作をすることを勧め、原告がこれに要する資金の点で難色を示すと、買付代金は玉塚証券において一時立て替え、買付株式の売却代金をもってこれにあて、継続的な取引終了の際一括して清算する旨の特異な取引決済方法を提案したので、原告はこれを承諾した。ここに原告と玉塚証券との間に本件取引の基本となる約定が成立し、これにもとづき原告は高橋を介して玉塚証券に対し本件取引を委託した。

≪証拠判断省略≫

右認定事実によると、本件取引の当事者は○○製鋼ではなく原告個人であることが明らかである。

もっとも右認定の原告の地位、本件取引の目的、その取引数量・買付総額が膨大であること、および特異な決済方法がとられていること等の事実からすると、原告が個人として本件取引をなしたとみるのは不自然であり、○○製鋼の代理人として本件取引をなしたのではないかとの疑問も生じないではない。

しかしながら、前掲各証拠によると、本件取引当時○○製鋼は安定株主工作によりその資本構成を強化する必要に迫られていたが、検察庁が自己株取引の積極的取締りに乗り出して間がなかったため、自らの名前で自己株を取得することはもとより、役員等の個人名義などを用いて自己株を取得することも、会社経理上自己株の取得である根跡を止めずにこれをなすことが困難で、とうていできない状況にあったこと、また取引の数量についても、当初から別表記載のような大量の取引をする予定だったわけではなく、安定株主工作に意外の時日を要したことと玉塚証券の積極的買入れ方針とにより、勢いのおもむくまま増大したもので、安定株主工作が順調に進めば被告が主張するような莫大な損失が生じるおそれも少かったこと、原告は昭和三四年頃にも安定株主工作のために玉塚証券に○○製鋼の株式の売買取引を委託し、これによる損失約一一五万円を個人で負担したことがあること、本件取引終了後玉塚証券は二回にわたって原告個人に本件取引による利益金の一部を支払い、その都度原告個人名義の領収書を異議なく受領していること、玉塚証券は、昭和三五年八月上旬頃突然原告に対し玉塚証券の決算期である同年九月末までに買手持株を処分整理することおよびこれにより生ずべき損失の補填方法の確約を強く要求したこと、そのため原告はその資金の調達に努めたこと等の事実が認められ、これらの事実に鑑みると、前記疑問も、本件取引の当事者は原告である旨の前記認定を左右するに足りないというべきである。

以上検討した事実のほかに、被告は、本件取引の当事者が○○製鋼である旨の主張の根拠として、(1)○○製鋼の財務部株式課株式係主任古美門邦雄が本件取引に関し玉塚証券との連絡等の事務的な仕事をしていること(前記二、(一)、4記載の事実)、(2)本件取引による買付株が○○製鋼と他の会社との間の株の持合いに利用され、そのうちの一部については○○製鋼が買付代金を支払い、あるいは右持合いにつき○○製鋼社長石原米太郎が自ら関与していること(右同5記載の事実)、(3)玉塚証券の約定帳に○○製鋼が本件取引の本人として記載されていること(右同6記載の事実)等を挙げているところ、右(1)の事実は当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によれば、右古美門は原告個人から依頼されて玉塚証券より原告宛に送付されてくる買付報告書の整理や玉塚証券との種々の連絡などをしたにすぎない(なお原告は昭和三五年五月一九日○○製鋼の川崎工場長の兼務を命ぜられ以後同工場に勤務することが多かった)ことが認められるし、(3)の事実については、被告主張の約定帳に○○製鋼が本件取引の本人として記載されていることは当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫を総合すると、これは、主として玉塚証券における事務処理上の都合によるもので、必ずしも明確に○○製鋼が本件取引の当事者であると認識されたうえでなされたものではないと認められるから、右いずれの事実も本件取引が原告の取引であるという前記認定を左右させるに足りない。また、(2)の事実については、○○製鋼といすず自動車株式会社および八幡製鉄株式会社との間に株の持合いの合意がなされたこと、○○製鋼が昭和三五年四月一六日玉塚証券に対し、金額一〇、八六三、三五〇円の小切手を振り出し交付したこと、本件取引による買付株七〇万株が右八幡製鉄との株の持合いに利用されたことは当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によれば、およそ株の持合いに関する取り決めは会社同志の間でなされるものであるが、相手の株を取得する方法はそれぞれにまかされており、必ずしも自己が買い付けた株を相手に納めるという方法をとるわけではなく、本件における○○製鋼と前記二社との株の持合いの場合も同様であり、原告は会社間の持合いの合意にもとづき株式を買付けたものでないこと、また○○製鋼が前記小切手を振り出し交付したのは次のような事情によるものであること、すなわち、原告は、昭和三五年四月はじめ頃玉塚証券との間で本件取引の基本となる約定をなし、同証券に対し○○製鋼の株式の買付けを委託し、同月中旬までにその買付株数は一〇五、〇〇〇株に達していたところ、丁度その頃たまたま同年三月頃から話が進められていた○○製鋼といすず自動車株式会社との間の一五万株の株の持合いの合意が成立し、右両社はこれを媒介した玉塚証券を通して相手の株式を取得することとなったので、同証券は、原告と相談のうえ右一五万株のうち一〇五、〇〇〇株は原告の買い付けた前記一〇五、〇〇〇株を同証券の手持株として右いすず自動車に売り渡すこととしたが、その際、同証券は原告に対し、前記の基本的な約定には反するが、これにもとづく取引が緒についたばかりでまだ経理担当者が右約定を十分了承していないため、同証券内部における事務処理上買付代金が入金されないと右一〇五、〇〇〇株をいすず自動車に売却するわけにはいかないといってその買付代金の支払いを求めたので、原告はやむなく○○製鋼の他の役員らにこれをはかったところ、買付代金として支払うことは自己株の所得となるのできでないが、しかし時機を失して右の持合いが実現されなくなっても困るので、便宜同社の玉塚証券に対する仮払金の形で右買付代金相当額を支払うこととなり、同社において右小切手を振り出し交付したものであることが認められ、また、右各証拠のほか≪証拠省略≫を合わせ考えると、八幡製鉄との株式の持合いは玉塚証券の副社長関口啓太郎から同社への口ききがあって話が進み、昭和三五年六月両社の最高幹部の間で合意が成立したが、原告が本件取引により玉塚証券の扱いで○○製鋼の株式を買付けていることを知らない同会社社長石原米太郎は、同社の幹事証券会社であった野村証券株式会社の求めにより、これに右の持合いを扱わせることを決めたこと、ところがこれを知った玉塚証券の抗議により八幡製鉄の取得すべき一〇〇万株のうち七〇万株を玉塚証券が三〇万株を野村証券がそれぞれ扱うことに変更されたが、その実行方法として右七〇万株は本件取引により原告の買付けていた株式を玉塚証券の扱いにより八幡製鉄が譲受けたに過ぎないことが認められるので、前述の会社による小切手の振出及び石原社長が八幡製鉄との株式の持合いに関与したことから本件取引が○○製鋼の取引であると断ずることはできない。

もっとも、上述したように、本件取引は原告の計算においてなされたにしても、その目的は会社の経営上の利益を図るにあり、殊にその株式が会社間の株式の持合いに使用される場合には会社の最高幹部の決定した相手方に処分するのであるから、原告としては、多額の損失の生じた場合その事情を説明すれば、会社からなんらかの形で援助が得られるのではないかと期待していたことが推察されないでもないが、≪証拠省略≫によると、原告のいわゆるはめ込み工作が進まないのに、一方玉塚証券の担当者は積極的に買付を続けたため、手持株式は当初の想定を遙かに超える数となり昭和三五年八月には市況の関係から多額の損失が見込まれるに至り、既述のように玉塚証券から原告に対し強く株式の処分及び差損の処置を求められたので、原告は、○○製鋼社長石原米太郎に融資による援助を求めたけれども、同人から会社の全く関知しない取引であることを理由にこれを拒まれたため、原告自らの資産の処分による決済を決意せざるを得ない窮地に追込まれたこと、その後市況の思わぬ変動があって、逆に、原告に予想外の利益を生じたという経過を認めることができる。

以上に判断したように、本件取引の当事者は○○製鋼でなく原告であると認めるべきである。

二、そこで、被告の抗弁について判断する。

(一)  まず、被告は、原告が昭和三六年一〇月頃何ら異議を述べることなく金六〇〇万円を受領した旨主張するが、これにそう≪証拠省略≫は原告本人尋問の結果に照らしたやすく措信できない。かえって、原告本人尋問の結果によれば、原告は右金六〇〇万円受領の際高橋に交付した領収書に「残金は大蔵省の検査終了後速やかに支払うこと。」という趣旨の文言を書き加えたことが窺われる。

(二)  次に、被告は、原告が右金六〇〇万円受領後昭和四〇年二月頃まで一度も本訴請求金員の支払いを求めていない旨主張するが、これにそう≪証拠省略≫は原告本人の供述に照らしたやすく措信できず他にこれを認めるに足る証拠はない。もっとも、原告本人尋問の結果によると、原告は右の期間を通じてわずか二・三回程度玉塚証券の経理担当役員に電話で本訴請求金員の支払いを求めたにすぎないことが認められるけれども、≪証拠省略≫を合わせ考えると、右の間原告がさほど強く残金の支払いを求めなかったのは、玉塚証券が本件取引終了当時から、種々の理由を持ち出して容易に本件利益金を支払おうとはしない態度をとってきており、しかも右金六〇〇万円の授受に際し、高橋から、本件取引は特殊な決済方法をとった点で証券取引法に触れるので、大蔵省による検査が終了するまで残金は請求しないでほしいと依頼されていたので、玉塚証券の任意の支払いは余り期待できない状況にあったところ、当時玉塚証券および○○製鋼は、いずれも事実上訴外大和銀行株式会社の管理下にあり、もし原告が訴訟などの強い手段をとると○○製鋼にも何らかの迷惑がおよぶかもしれないと考えたことに起因するものであることが窺われ、このような事情は、原告が債権を有しながらさほど強く請求しなかったことを首肯させるに足るというべきである。

(三)  最後に、被告は、原告が昭和四〇年二月から同年一一月にかけて当時の玉塚証券の社長にあてた書信において本訴請求権を有する者としてはふさわしくない態度をとっており、しかも前記合意の成立したことを自認している旨主張するところ、たしかに、≪証拠省略≫によれば、原告は被告主張のように昭和四〇年二月から同年一一月にかけて当時の玉塚証券の社長関口啓太郎に合計五通の書信を発し、これらの中には、(1)「経営コンサルタントをはじめるに当り資金が必要なので、本件取引による利益金から援助なり貸与なり願いたい。」、(2)「残金のうち金一、〇〇〇万円だけでも支払ってほしい。その支払方法は、原告が設立する予定の株式会社に対する出資金という形でもよい。」、(3)「金六〇〇万円受領した際、今後請求しないとの約束を強制された。」というような文言が散見されるけれども、≪証拠省略≫ならびに右(二)に説示した事情を合わせ考えると、右(1)、(2)の文言は、株式購入代金が延べ払いであったことあるいは従前の協力関係等を考慮して、円満裡に、金額については妥協をしてもできるだけ早く支払を受けたいとの気持から出た表現であって、これをとらえて被告のように解するのはその真意にそわないものというほかなく、また右(3)の文言は、前記金六〇〇万円の授受の際、高橋から大蔵省の検査が終了するまで残金を請求しないでほしい旨求められ、原告がこれを了承したことを指すものであることが窺われるから、いずれも被告主張の合意を推認させるに足りないというべきである。

しかして、他に被告主張の合意を認めるに足る証拠はなく、右抗弁は採用できない。

三、したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告は原告に対し、本件取引によって生じた利益金のうち未払いの金二七、七二六、三四四円およびこれに対する弁済期の翌日である昭和三五年九月二四日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 丸尾武良 根本真)

〈以下省略〉

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